第8話 ヒッチハイクと、人生初めてのHomecoming

アメリカ・ウィスコンシン州の田舎町、Two Rivers。

緑豊かな牧草地がどこまでも続き、ゆったりと時間が流れる、本当に美しい町でした。

日本では見たこともないような広い空と大地。

「アメリカはやっぱり大きい。」

16歳だった私は、そんな景色を眺めるたびに、この国のスケールの大きさを感じていました。

しかし、そんな田舎町ならではの悩みもありました。

それは、「足」です。

私がホームステイしていたBirr家は、Roncalli High Schoolから約10km以上離れた場所にありました。

学校へはスクールバスがありますが、放課後のフットボールの練習や友達と遊ぶ約束があるたびに、都合よく送迎してくれるわけではありません。

もちろん、Birr家のお母さんが送ってくださることもありました。

友達が車で送ってくれることもありました。

しかし、毎回頼るわけにはいきません。

「せっかくアメリカへ来たのに、家に閉じこもっていては何の意味もない。」

私はそう考えていました。

当時の私の目標は、とにかく多くのアメリカ人と話すこと。

たくさん友達を作り、笑わせ、ふざけ、そして英語を覚えることでした。

そこで私が選んだ移動手段が、ヒッチハイクです。

今では考えられませんが、1975年当時のアメリカ中西部では、それほど珍しいことではありませんでした。

私は一年間で20回ほどヒッチハイクをしたと思います。

二度だけ、本当に怖い思いをしました。

一度目は、車を止めてくれたのが黒人の男性だった時です。

今の時代、このようなことを書くと誤解を招くかもしれません。

もちろん、人種そのものに対する考えではありません。

ただ、当時のTwo Riversでは黒人の方を見かけることがほとんどなく、日本で育った16歳の私は、テレビや映画でしか黒人を見たことがありませんでした。

そんな無知な少年だった私は、

「これは殺されるかもしれない。」

と、本気で思ってしまったのです。

ところが、車に乗って話し始めると、その男性はとても気さくで優しい方でした。

確か地元の中学校の先生だったと思います。

車内では二人で大笑いしながら会話が弾みました。

今思えば、あの出来事は、私自身の思い込みや偏見に気付かせてくれた大切な経験だったと思います。

もう一度だけ、危険を感じたことがあります。

Two Riversの町外れでヒッチハイクをしていると、地元公立高校の生徒らしい若者たちが乗った車が二台、こちらをからかうように何度も近付いてきました。

今にも止まりそうな様子を見せながら、また走り去る。

その雰囲気に危険を感じた私は、必死に走って近くの民家へ逃げ込みました。

幸い何事もありませんでしたが、今でも鮮明に覚えています。

秋になると、アメリカの高校ではHomecomingという大きなイベントがあります。

フットボールの試合とダンスパーティーが行われる、高校生活最大級の行事です。

せっかくアメリカへ来たのです。

「どうしてもアメリカ人の女の子とHomecomingへ行ってみたい。」

そんな思いが日に日に強くなっていました。

しかし、まだ親しくなった女性はいません。

ある日、カフェテリアでその話をしていると、Junior(高校3年生)の友達が言いました。

「Shuji、お前が気になる子を教えろ。」

「俺たちが代わりに誘ってやる。」

今思えば、本当に情けない話です。

自分で誘う勇気がありませんでした。

16歳の私は、まだ本当に奥手な少年でした。

そこで友達にお願いし、同じスクールバスを利用していた二学年下の女の子に声を掛けてもらいました。

断られると思っていました。

ところが返事は、まさかのOK。

本当に驚きました。

ところが、また問題がありました。

車がありません。

Homecomingでは、レストランで食事をしてからダンスパーティーへ向かうのが定番です。

彼女とは、それまでにもTwo Riversのファミリーレストランのようなお店で一、二度食事をしたことがありました。

その時は自転車で行けましたが、Homecomingではそうはいきません。

結局、彼女の親友を誘っていた高校4年生(Senior)の先輩の車に乗せてもらい、ダブルデートという形で参加することになりました。

ところが、その先輩は、どうやらダブルデートを望んでいなかったようです。

今思えば当然です。

おそらく、その日のために二人だけの特別な時間を楽しみにしていたのでしょう。

そこへ、英語もろくに話せない日本人留学生が一組加わったのですから(笑)。

少し不機嫌そうだったことを、今でも覚えています。

それでも、16歳の私は幸せでした。

人生で初めて着るタキシード。

隣には二歳年下のアメリカ人の女の子。

夢のようなHomecomingの夜でした。

彼女の名前は、確かエリザベスだったと思います。

もちろん、その後に恋が始まるようなことはありませんでした。

Homecomingが終わると、自然と距離ができ、学校で会えば挨拶を交わす程度になりました。

今思えば、それもまた高校生らしい、淡くて短い青春の一ページだったのでしょう。

あの夜のことを思い出すたびに、16歳だった自分の初々しさに、思わず笑ってしまいます。

第9話へ続く

執筆者

伊藤秀司 エヌ・エイ・アイ株式会社(事業内容:①科学論文サポートサービスNAIway翻訳サービス品質QAS動画まるごとローカライズ動画でOJT介護) 代表取締役

1995年創業。30年以上にわたり翻訳・英文校閲・論文投稿支援・グローバルコンテンツローカライズ事業に携わる。

1975年から約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州Two Riversへ留学。本シリーズでは、その経験と、その後の人生について綴っています。