第5話 初めてのアメリカの高校生活

9月になり、いよいよ新学期が始まりました。

私が通うことになったのは、カトリック系私立高校のRoncalli High Schoolです。

最初に驚いたのは、学校のシステムでした。

朝、学校へ着くと、まず自分のロッカーへ荷物を入れます。

ホームルームは朝だけ。

その後は、自分が選択した授業ごとに教室を移動します。

数学なら数学の教室。

アメリカ史ならアメリカ史の教室。

理科なら理科室。

先生が教室を移動する日本とはまったく逆でした。

「これがアメリカの高校なんだ。」

そんな小さなことにも驚きの連続でした。


当時の高校留学は、現在とは違い、アメリカで取得した単位を日本の高校へ移すことができませんでした。

つまり、帰国すると一学年下へ編入することが決まっていました。

そのため、校長先生と相談し、私は週20コマほど授業を受ければよいことになりました。

そんな中、一番楽だったのは数学です。

今振り返ると、日本の中学2年生程度の内容だったでしょうか。

二次関数くらいが一番難しい問題でした。

試験では、みんなが50分かけて解いている横で、私は15分ほどで解き終え、ほとんど毎回満点でした。

一方で、本当に苦労したのがアメリカ史です。

10センチほどもある分厚い教科書を読み、毎週レポートを提出しなければなりません。

インディアン(ネイティブ・アメリカン)の部族の歴史。

フランス系移民の開拓。

植民地時代の出来事。

日本史や世界史は好きだった私ですが、アメリカ史だけは最後まで苦戦しました。


授業は週20コマ。

では、それ以外の時間は何をしていたのか。

ほとんどカフェテリアにいました(笑)。

カフェテリアでは、自然と学年ごとに座る場所が決まっていました。

1年生(Freshman)

2年生(Sophomore)

3年生(Junior)

4年生(Senior)

そんな雰囲気でした。

私はアメフト部の仲間がいたおかげで、JuniorやSeniorのテーブルを行ったり来たりしていました。

今思えば、私は無意識のうちに努力していたのだと思います。

まだ本当に親しい友達はいません。

だから、

「ここで一人になったら終わりだ。」

そんな気持ちがどこかにありました。

誰とでも話し、誰とでも笑う。

高校生ながら、「男芸者」のように振る舞っていた自分がいました(笑)。


ありがたいことに、カフェテリアでは意外と人気者でした。

座っていると、次から次へと誰かが話しかけてきます。

「日本ってどんな国なんだ?」

「侍ってまだいるの?」

そんな質問も珍しくありませんでした。

今では日本食はアメリカ中にありますが、1975年当時はまったく違います。

カップヌードルもありません。

キッコーマンの醤油もほとんど見かけません。

「Soy Sauce」といえば、中国系の醤油しかなく、日本の醤油とはまったく味が違いました。

今のアメリカしか知らない人には、想像もできない時代だったと思います。


カフェテリアのランチも楽しみでした。

ハンバーガー。

ピザ。

ターキーサンドイッチ。

チキンカツレツ。

チョップスイ。

日本の給食とは比べものにならないほど豪華に感じました。

そして、もう一つ。

アメリカの女子高校生は、当時ほとんどが長い髪でミニスカート。

16歳だった私には、本当にみんな輝いて見えました。

今思えば普通だったのかもしれません。

でも、当時の日本の高校生には、とても新鮮で、いつも少しドキドキしていました(笑)。


カフェテリアの外には広い芝生があり、昼休みにはタッチフットボールをして遊ぶこともありました。

でも、遊んでばかりいたわけではありません。

辞書とノートは、いつも持ち歩いていました。

分からない単語があれば、すぐ友達へ聞く。

その繰り返しです。

そんな毎日を続けるうちに、2〜3か月もすると、アメリカ人同士の会話にも少しずつ入れるようになってきました。

しかし、一つだけ最後まで理解できないものがありました。

みんなが笑い転げる「Polish Joke」。

当時アメリカでよく語られていたジョークですが、私には何が面白いのか、さっぱり分かりません。

分からないのに、一緒になって笑っていました。

今思い出しても、あれは少しつらかったですね(笑)。



(第6話へ続く)


執筆者

伊藤秀司 エヌ・エイ・アイ株式会社(事業内容:①科学論文サポートサービスNAIway翻訳サービス品質QAS動画まるごとローカライズ動画でOJT介護) 代表取締役

1995年創業。30年以上にわたり翻訳・英文校閲・論文投稿支援・グローバルコンテンツローカライズ事業に携わる。

1975年から約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州Two Riversへ留学。本シリーズでは、その経験と、その後の人生について綴っています。