第2話 13人兄弟のホストファミリーとの出会い

私がアメリカで1年間お世話になったホストファミリーは、13人兄弟姉妹のいる大家族でした。

もちろん、決して裕福な家庭ではありません。

しかし、この家族との出会いが、その後の私の人生に大きな影響を与えることになります。

実は、このBirr家とのご縁は、兄から始まりました。

5年前、兄も私と同じようにアメリカへ1年間留学していました。

当時、兄は私と同じRoncalli High Schoolへ通っていましたが、最初にホームステイした家庭には同年代の子どもが一人しかおらず、生活になかなか馴染めなかったそうです。

そんな兄に声をかけてくれたのが、兄と同学年だったチャーリーでした。

「うちに来ないか。」

こうして兄は最後の4か月間をBirr家で過ごすことになり、そのご縁が5年後の私へと受け継がれたのです。


シカゴ・オヘア空港からTwo Riversまでは車で4時間以上。

途中、高速道路沿いのハンバーガーショップへ立ち寄りました。

確か、バーガーキングだったと思います。

そこで出てきたハンバーガーを見て、私は驚きました。

「でかい……。」

日本では見たこともない大きさです。

16歳だった私は、

「これがアメリカなんだ。」

と、それだけで感動していました。

今思えば、そんなことに感動していた自分が少し可笑しくもあります。


旅の疲れもあり、途中で私は1〜2時間ほど眠ってしまいました。

「秀司、着いたぞ。」

チャーリーに起こされた時には、もう夜9時頃だったと思います。

車はTwo Riversの町へ入っていました。

「町」といっても、本当に小さな町です。

商店街には20軒ほどのお店が並び、その先には静かな住宅街が広がっています。

横浜とはまったく違う景色でした。

やがて車は一軒の家の前で止まりました。

ここが、私がこれから1年間生活するBirr家です。


玄関を開けると、大勢の家族が待っていました。

初めて見たアメリカの家の中、まず驚いたのは、当然靴を履いたまま入るのかと思ったら、意外や意外、みんな玄関で靴を脱いでいる。

部屋は、蛍光灯がないので、意外と暗い。

それから、風呂場とトイレが一緒だ。

地下室があって、ビリヤード台(彼らはPoolと呼んでいたけど)がある。

外を見ると、庭が無茶苦茶広い。

なにもかもが目新しい環境です。

さて、一人ずつ自己紹介が始まります。

「僕はNick。もう家は出ているけれど、今日は君に会うために来たんだ。」

「私は妻の○○よ。」

「僕は大学に通っているFrank。」

「私はMary。」

「私はJane。」

「私はKarol。」

「僕はJoe。君と同じ部屋で暮らすよ。」

「私はHelen。」

次々に名前を紹介されるのですが、とても覚えきれません。

頭の中は完全にパニックでした。

13人兄弟と聞いていたので、家の中は子どもだらけだと思っていました。しかし実際には、7人はすでに独立していて、一緒に暮らしたのは6人でした。それでも、私にとっては十分すぎる大家族でした。


続いて、お父さん、お母さんを紹介されました。

いよいよ私の番です。

日本で何度も練習してきた、たどたどしい英語で自己紹介をしました。

そして、日本から持ってきたお土産を一人ひとりに手渡しました。

正直、その時何を話したのか、もうあまり覚えていません。

長い旅の疲れもあり、その夜はそのままベッドへ倒れ込むように眠ってしまいました。


翌日からは、2学年下のJoeと同じ部屋で生活する毎日が始まります。

このJoeとは、笑いあり、けんかあり、いたずらあり。

1年間、本当の兄弟のように過ごすことになるのですが、その話はまた次回お話ししたいと思います。

第3話へ続く

執筆者

伊藤秀司 エヌ・エイ・アイ株式会社(事業内容:①科学論文サポートサービスNAIway翻訳サービス品質QAS動画まるごとローカライズ動画でOJT介護) 代表取締役

1995年創業。30年以上にわたり翻訳・英文校閲・論文投稿支援・グローバルコンテンツローカライズ事業に携わる。

1975年から約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州Two Riversへ留学。本シリーズでは、その経験と、その後の人生について綴っています。