第4話 英語が話せなくても、友達はできる

翌朝も、同じ部屋のJoeに起こされました。

Joeとの会話は、本当に面白いものでした。

話題のほとんどは恋愛です。

「この前、クラスメートの女の子と川沿いでデートして、初めてキスをしたんだ。」

「僕はこの子が好きなんだけど、彼女は別の男の子が好きなんだ。」

16歳と14歳の男同士ですから、日本でもアメリカでも話すことはあまり変わりません。

そんな何気ない会話を毎日続けるうちに、私の日常英会話は少しずつ上達していきました。


もちろん、当時はGoogle翻訳もDeepLもありません。

分からない単語が出てくるたびに、紙にスペルを書いてもらいます。

そして、いつも持ち歩いていた小さな日英・英日辞典を開き、一つひとつ意味を調べていました。

それが毎日の繰り返しです。

Joeだけではありません。

Mary、Jane、Karol、Helen。

家族みんなが本当によく話します。

夕方になるとリビングへ集まり、それぞれ宿題や勉強を始めます。

分からないところがあれば教え合い、とにかく会話が絶えません。

そんな環境の中で、私は一日中英語を聞き、一日中英語を話そうとしていました。

少しでも英語が上達したい。

そんな思いから、日本から持ってきた大学受験用の英単語集や英熟語集も毎日のように暗記しました。

もっとも、英熟語は実際の会話ではあまり役に立ちませんでしたが(笑)。


夏休みの間は、ほぼ毎日のようにアメフト部の練習がありました。

学校へ着くと、まず体育着へ着替えます。

もちろんRoncalli High Schoolの名前入りです。

軽くランニングをして、全員でストレッチ。

その後、防具へ着替えます。

1年生から4年生まで、おそらく150人を超える選手たちが、一つのグラウンドに集まります。

今思い返しても、本当に壮観な光景でした。

野球しかやったことがなかった私にとって、タックルの練習は衝撃そのものでした。

まずはタックルマシンに向かって何度も体当たりを繰り返します。

そして実戦練習(Scrimmage)が始まると、もっと驚きました。

とにかく、みんな大きい。

身長190cmを超える選手は珍しくなく、中には2メートル近くあるのではないかと思う選手までいます。

しかも全員が筋肉のかたまりです。

16歳だった私は、心の中で本気でこう思っていました。

「こんな人たちと正面からぶつかったら、死んじゃうんじゃないか……。」

もちろん口には出しませんでしたが、本当にそう思っていました。

それでも毎日の練習で少しずつ慣れていきます。

ある日の実戦練習では、相手のランニングバックが私の目の前を駆け抜けていきました。

私は、ただ見送ってしまいました。

するとコーチが大声で叫びます。

「Why didn't you tackle him?」

「なんでタックルしないんだ!」

今思えば当然です。

でも、その時の私は、

「いやいや、あんな大男に突っ込んでいったら、本当に死んでしまうよ……。」

そんな気持ちだったのです。

それでも毎日の練習を続け、一度だけ相手がファンブルしたボールに真っ先に飛び込み、ボールを奪うことができました。

あの時の嬉しさは、今でも忘れられません。



驚いたことは、競技だけではありません。

練習が終わると、みんなロッカールームで平気ですっぽんぽんになってシャワーを浴びます。

日本では考えられません。

最初はとても恥ずかしかったのですが、人間とは不思議なものです。

数日後には、私も何の抵抗もなくシャワーを浴びていました(笑)。

もう一つ驚いたのは、体育やアメフトの時にはパンツではなくサポーター(ジョックストラップ)を着けることです。

これも日本では見たことがありませんでした。

帰国後、日本の体育でも履いていたくらいです(笑)。


夏休みは、本当に楽しい毎日でした。

それでも、みんなが英語で笑いながら話している輪の中へは、なかなか入っていけません。

英語が分からない。

その寂しさは、今でも覚えています。

そんな時、仲良くなった同級生のアメフト選手、マイクが一つの歌を教えてくれました。

Nobody likes me.

Everybody hates me.

I'm sitting in the garden eating worms...

(誰も僕を好きじゃない。みんな僕を嫌っている。だから庭でミミズを食べているんだ……。)

子どもたちの間で歌われていた、ちょっとふざけた歌です。

マイクは、「一人で落ち込むなよ。」という気持ちで教えてくれたのだと思います。

50年経った今でも、不思議とこの歌だけは時々口ずさんでしまいます。

第5話へ続く


執筆者

伊藤秀司 エヌ・エイ・アイ株式会社(事業内容:①科学論文サポートサービスNAIway翻訳サービス品質QAS動画まるごとローカライズ動画でOJT介護) 代表取締役

1995年創業。30年以上にわたり翻訳・英文校閲・論文投稿支援・グローバルコンテンツローカライズ事業に携わる。

1975年から約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州Two Riversへ留学。本シリーズでは、その経験と、その後の人生について綴っています。