第3話 アメリカの家庭で教わった「自立」と、初めてのアメリカンフットボール


翌朝、目が覚めました。

時差ぼけもあり、かなり早起きだったことを覚えています。

Two Riversは北緯44度。日本でいえば北海道・稚内市とほぼ同じ緯度です。

しかも当時はサマータイム(Daylight Saving Time)の時期。

それでも夏の朝は驚くほど早く、朝日とともに目が覚めました。

同じ部屋のJoeと一緒に1階へ降りていきましたが、日本のように朝食が食卓へ並んでいるわけではありません。

お母さんが笑顔で教えてくれました。

「朝食はシリアルでもパンでも好きなものを自分で用意して食べてね。」

さらに、Birr家にはもう一つのルールがありました。

「夕食は私が作るけれど、食器洗い(Dishes)は子どもたちの仕事よ。」

そして、

「洗濯物は、このランドリーバスケットへ入れてね。」

そんな説明を受けました。


実は、日本にいた私は家事をほとんど手伝ったことがありませんでした。

自分の部屋があり、食事も用意され、洗濯も親任せ。

そんな生活を送っていた16歳の私にとって、

朝食を自分で用意すること。

夕食後に兄弟姉妹みんなで皿洗いをすること。

その一つひとつが新鮮でした。

特に皿洗いは楽しい時間でした。

食器を洗いながら、その日の出来事を話し、笑い合う。

私にとっては英語の勉強であると同時に、本当の家族の一員になっていく時間でもありました。

今振り返れば、この経験が私に「自立すること」を教えてくれた最初の出来事だったように思います。


まだ学校は夏休みです。

9月の新学期まで、あと2か月近くありました。

毎日、何をしようか。

そんな私の相手をしてくれたのが、大学から帰省していたFrankでした。

家の前で一緒にバスケットボールをして遊んでくれました。

私はバスケットボールなどほとんどやったことがありません。

もちろん英語もほとんど話せません。

それでもFrankは、本当に優しい人でした。

言葉が十分通じなくても、根気よく相手をしてくれました。

後に知ることになりますが、彼はその後、Roncalli High Schoolの先生になりコーラス部の専任担当となり、何度も大会で優勝したりしたそうです。今はもうリタイヤしたそうですが。

Joeも一緒に遊んでくれ、私は少しずつBirr家になじんでいきました。


そんなある日、兄のことを思い出しました。

そういえば兄もRoncalli High Schoolでアメリカンフットボールをやっていた。

試合にも一度出場し、ボールも持ったと聞いていました。

「それなら、俺もやってみよう。」

そう決心しました。

ホストファミリーにお願いして、フットボール部のコーチへ連絡を取ってもらいました。

そして2日後。

私は初めてRoncalli High Schoolの門をくぐります。


私を迎えてくれたのは、Ron Klentinskiコーチでした。

コーチは私を見るなり笑顔で近づいてきて、

「お兄さんにもフットボールを教えたよ。」

と声をかけてくださいました。

その一言だけで、張りつめていた緊張が少し和らぎました。

アメフト部の仲間たちも、本当にフレンドリーでした。

英語はほとんど分からないのに、

次から次へと話しかけてくれます。

気が付くと、私はもうチームの輪の中にいました。


翌日。

私は15分ほど寝坊してしまいました。

その日はユニフォームの支給、防具合わせ、そしてチーム写真の撮影日でした。

「どうして遅れたんだ?」

そう聞かれ、

私は、

「寝坊しました。」

つまり、

"I overslept."

と言いたかったのですが、

焦って口から出たのは、

"I slept over..."

でした。

すると、その場のみんなが大爆笑。

後で意味を聞くと、

「彼女の家に泊まって寝過ごした」

そんなニュアンスに聞こえたようです(笑)。

16歳の私は、何がそんなにおかしいのか、その場ではよく分かっていませんでした。


写真撮影では、さらにハプニングが続きます。

コーチの英語も、アシスタントコーチの説明もほとんど理解できません。

防具を探して右往左往。

結局、太ももに入れるパッドが片方だけ見つからず、片足だけ細いままチーム写真を撮ることになってしまいました。

今思い出しても笑ってしまいます。

それでも、この日感じたのは不安ではありませんでした。

「なんだか、ものすごく面白い世界に飛び込んでしまった。」

そんな気持ちでした。

その夜は、一学年上の先輩に車で家まで送っていただきました。

夕食も食べる気力がないほど疲れ切って、そのままベッドへ倒れ込むように眠ったことを覚えています。


第4話へ続く

執筆者

伊藤秀司 エヌ・エイ・アイ株式会社(事業内容:①科学論文サポートサービスNAIway翻訳サービス品質QAS動画まるごとローカライズ動画でOJT介護) 代表取締役

1995年創業。30年以上にわたり翻訳・英文校閲・論文投稿支援・グローバルコンテンツローカライズ事業に携わる。

1975年から約1年間、アメリカ・ウィスコンシン州Two Riversへ留学。本シリーズでは、その経験と、その後の人生について綴っています。